「スガダイロー七夜連続七番勝負」開催によせて

彼に初めて会ったのは、2004年末にリリースした、当時カタチになりつつあった日本JAZZの新たな潮流を追いかけたBOYCOTT RHYTHM MACHINEというコンピレーション・アルバムを制作している最中でした。既に収録を終えていた渋さ知らズのライブ録音。あまりにも”渋さ的”過ぎたその内容から、思い切ってリーダーである不破さんに「これまでと違った面の渋さが録りたいので、もう一度録音させて欲しい」と申し出たところ、「次のピットインで新しいピアニストが入る。こいつは面白い。録った方がいい」と言われました。それが同アルバムに収録された渋さ知らズによる “Theme of Inuhime” 04年10月1日新宿ピットインでの録音です。この録音はいまだに語り草になるほど、渋さ知らズの持つジャズの側面が濃縮極まったような、本当に素晴らしい奇跡のアンサンブルでした。そんな中、この日初めて渋さに参加し、あまりのプレイの壮絶さにピットインのピアノの弦を2本切った男が————スガダイローでした。

それから丸2年。BOYCOTT RHYTHM MACHINE II VERSUSをイメージした段階から、全く無名と言っていい彼の名前は、企画の最初から絶対に外せないひとりとしてラインナップしました。そして、BoatやNATSUMENで活躍している天才作曲家であり超絶ギタリストであるAxSxEと対戦した彼は、この作品のインタビューで「ジャズはもうとっくに終わっている。いや、元々日本には無い。そんな日本で”衝突”を作っていくのが自分の役目だと思っている」と語りました。高木正勝、菊地成孔、dj KENTARO、DJ BAKUといった最前線で活躍する才能たちの中にあって、この作品のエンドロールに使用した映像は、収録中に録ったスガダイロー率いるREAL BLUEのセッション・シーンでした。このシーンは、作品の最後に提示したかった”これからの音楽”を意味する、ある種の希望を表したものでした。

それから丸2年。BOYCOTT IIを観てくれた友人から、「スガダイローのアルバムを作りたい。一緒にやりませんか?」との誘いを受けました。断る理由など何処にもありません。そして、あらゆる試行錯誤を詰め込み、ファーストソロアルバム『スガダイローの肖像』が完成しました。彼の師匠筋にあたる山下洋輔氏は「双子の銀河系の誕生を目撃しているような体験をした。その中に須賀大郎の世界が確実に姿を現わし始めている。戦慄だ。」というコメントを残してくださいました。

初めてスガダイローを新宿ピットインで見た日から丸4年と1日。ついに、そのジャズの聖地で初めて彼は主役を張りました。当日は『スガダイローの肖像』にも参加してもらった二階堂和美さんもヴォーカルで登場。レコーディングの際、彼女は、スガダイロー率いるバンドとともに3曲の得体の知れない新しい生き物を産み落としました。特にジャックスのカバー「マリアンヌ」は、初めて会った日に作り上げたとは信じられないような、奇跡としか言いようの無いプレイが繰り広げられました。当然、そのレコ発ライブも大成功を収めることが出来ました。あの日、緊張感と緊迫感、どちらかと言えばヒリヒリとしたプレイを展開するステージを、客席はより広く覆い、包み込み、全てを迎え入れるような、何か不思議な空気が流れていた事が今も忘れられません。

そこからまた丁度2年の月日が流れました。

スガダイローは、今を生きているフリージャズ・ピアニストです。
その、曖昧ながらも毅然と純然と五十年ものあいだそこに在り続けている「フリージャズ」の意味を、今この時代に、ほとんど唯一といっていいほど味わい、考える事のできる七日間がもうすぐやってきます。僕と同じ年齢のこの男が、何度も奇跡的な場面を目の前に現出させた男が、これから何処まで音楽の世界でのぼり詰めるか、そのスタートダッシュの”衝突”を、ぜひ刮目して全身でご覧ください。

vinylsoyuz / BOYCOTT RHYTHM MACHINE project 主宰 清宮陵一